二世帯同居なら、生活空間は別だから大丈夫。そう思っていた私がいました。
でも、玄関も郵便受けもひとつの家では、壁があっても「見られている」と感じる毎日でした。
この記事では、義母が健在だった頃の二世帯同居で、私が自分のお金で続けていた投資信託を手放した出来事をお話しします。
失ったのは、お金だけではありませんでした。自分の人生を自分で決める感覚まで、少しずつ手放していたのです。
同じように、家族や周りの目が気になって、自分の気持ちを後回しにしている方に届いたらうれしいです。
▼動画で聞き流したい方は、YouTubeチャンネル「きなこと心をほどく時間」へどうぞ。
二世帯同居なのに、私は「見張られている」と感じていた
我が家は二世帯同居ですが、玄関はひとつでした。郵便受けも、ひとつでした。
生活空間は別。食事も別。顔を合わせるのは、たまのはずです。
それなのに私は、毎日、見張られているように感じていました。
郵便が届くと、義母はすぐにポストへ向かいます。届いた郵便物は、まず義母の目を通ってから、私たちのところへ来ました。
宛名も、差出人も、全部見られている。そのことを知ってから、郵便が届くたびに胸がざわざわするようになりました。
「まさか、株とかやってるんじゃないでしょうね」と言われた日
ある日、義父母に呼ばれました。二人の前に座ると、こう言われたんです。
「まさか、株とかやってるんじゃないでしょうね。」
証券会社から届いた封筒を見られていたのだと思います。
義父母にとって、株は賭け事や博打と同じだったのでしょう。
私は何も答えませんでした。言い返すことも、説明することもせず、ただ黙っていました。
当時の私の処世術は、「黙ってやり過ごす」ことでした。言い返せば何倍にもなって返ってくる。だから、波風を立てないためには黙るしかないと思っていたのです。

私は、自分のお金で投資信託をしていた
その頃の私は、投資信託をしていました。大きな額ではありません。
将来のために、自分で考え、自分で決めて、コツコツ積み立てていた。それだけのことです。
誰かに迷惑をかけていたわけではありません。夫のお金を勝手に使っていたわけでもない。私が、私のお金で、私の将来のためにしていたことでした。
本来なら、義父母に報告する義務なんて、どこにもありません。
けれど当時の私の頭に浮かんだのは、「見られている」「知られてしまった」「このまま続けたら、また何か言われる」ということでした。
見張られている生活は、自分で決める力を奪っていく
行動を直接止められたわけではありません。「やめなさい」と命令されたわけでもありません。
それでも、常に見られているような生活の中で、私は自分で決められなくなっていきました。
何を買うにも、どこへ行くにも、頭の中には義母の目がある。
「これを見られたら、何て言われるだろう。」
選ぶ基準が「自分がどうしたいか」ではなく、「義父母に何と言われるか」に、いつの間にか置き換わっていました。
部屋も食卓も別で、物理的には離れて暮らしていたんです。それでも、私にとっては地獄でした。
壁があっても、視線は越えてくる。そんな感覚でした。
そして私は、投資信託を全部解約した
私は、投資信託を全部解約しました。
「やめなさい」と言われたわけではありません。あの一言があっただけです。
でも、持ち続けている限り、証券会社からの郵便は届きます。郵便が届くたびに見られる。見られるたびに、また何か言われるかもしれない。
その繰り返しから逃れるには、手放すのが一番早かったのです。
自分の将来のために、自分で決めて始めたことを、他人の一言で終わらせました。

後から知った、義父母のこと
かなり後になって知ったことがあります。
私に「株とかやってるんじゃないでしょうね」と言った義父母は、義父の勤務先の自社株を持っていたのです。
人の投資信託には疑いの目を向けておいて、自分は株を持っていた。しかも、その株はのちに暴落して、売るに売れない状態になっていました。
正直に言えば、知ったときは腹が立ちました。
思い返せば、義父母は言うことが変わることもありました。その場その場で「正しいこと」が変わる。私はそのたびに振り回されていました。
それでも、私は何も言えませんでした。
なぜ私は、たった一言で手放してしまったのか
今なら、こう考えます。
「干渉が嫌だったから」。もちろん、それも本当です。
でも、それだけなら、郵便物の受け取り方を変えることもできたかもしれません。「私のお金でやっていることです」と一言だけ伝えることもできたかもしれません。
手放す以外の選択肢は、確かにありました。
なのに当時の私には、どうしたらいいのか、まったく見えていなかったのです。
自分で決めたことを、自分が信じていなかった
自己肯定感が低いと、自分の決めたことに自信が持てません。
当時の私は、心のどこかでこう思っていました。
「私がやることなんて、たいしたことない。」
「文句を言われるくらいなら、やめたほうがいい。」
自分で考え、自分で決めたことなのに、誰かに疑いの目を向けられた瞬間、「やっぱり私が間違っているのかもしれない」と思ってしまう。
だから他人の一言でぐらつくし、簡単に手放してしまうのです。
投資信託を解約した本当の理由は、問い詰められたからだけではありません。もともと、自分の行動や決断を、自分が一番信じていなかったのだと思います。
本当に失ったのは、お金ではなかった
あのとき私が手放したのは、お金だけではありませんでした。
「自分で決める」という感覚そのものを、手放してしまったのです。
過干渉から逃れるために、自分の決めたことを手放すと、そのときは楽になります。もう何も言われない。もう気を遣わなくていい。
でも、その後の私は、何かを始めようとするたびに、まずこう考えるようになりました。
「これ、義父母に知られたらどうしよう。」
やりたいことより先に、義父母の顔が浮かぶ。そうして少しずつ、自分の人生の決定権を明け渡していきました。
今なら「これは私が決めたことです」と言える
今、私の毎日は、あの頃のような地獄ではありません。
義母はもういません。義父は健在なので同居は続いていますが、家は以前より静かです。
そして今の私なら、義父母に呼び出されてもこう言えます。
「これは私が考えて決めたことです」
怒鳴り返すのでもなく、言い訳するのでもなく、ただそう伝える。
相手が納得するかどうかは、相手の問題です。相手の気持ちは、相手のものです。
自分が決めたことを自分で守る。それが私の役目です。
そう考えられるようになったのは、自己受容とアサーションに出会ったからでした。

自分の人生を自分で決めるために
同じ家にいても、もう地獄ではありません。
変わったのは、家でも間取りでも、相手だけでもない。変わったのは、私自身でした。
家族から、職場から、ご近所から。「見張られている」と感じて、何かを手放してしまったことがある方もいるかもしれません。
すぐに強くなれなくても大丈夫です。まずは、「私は本当はどうしたいのか」と自分に聞いてみる。その小さな一歩からでも、自分の人生を取り戻していけるのだと思います。
あわせて読みたい



この記事のまとめ
- 見張られていると感じる生活は、自分で決める力を少しずつ奪っていく
- 他人の言葉に揺れるとき、自分の決断を自分が信じられていないことがある
- 相手の気持ちは相手のもの。自分の決めたことを守るのは自分の役目
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
あなたにも、「見張られている」と感じて手放してしまったものはありますか? よかったら、聞かせてください。

