「自分を大切にしましょう」
その言葉を聞くたびに、私は少し苦しくなっていました。
だって、毎日ちゃんと頑張っている。それなのに、じゃあ実際、何をどう大切にすればいいの?
同じように感じている方に届いたらいいなと思って、書いています。
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こんなこと、ありませんか?
朝起きて、仕事に行って、帰ってきたら家事をして。家族のことを考えて、また明日の準備をする。
誰かに褒められるわけでもなく、当たり前のように一日が過ぎていく。
そんな毎日を送りながら、「自分を大切にしましょう」という言葉を目にする。
そのたびに思うんです。
「これ以上、どうすればいいの?」って。
私はずっと、その繰り返しでした。
「自分を大切にする」を、ご褒美だと思っていた
私は長い間、こう思っていました。
好きなものを食べること。欲しいものを買うこと。たまには自分にご褒美をあげること。
それが「自分を大切にすること」だと。
だから、疲れた日には少し高いスイーツを買ってみたり、行きたかったお店に行ってみたりしました。
その時は確かに嬉しい。
でも、次の日にはまた元通りなんです。何も変わっていない。
満たされたはずなのに、心のどこかがずっと渇いている。
その理由が、当時の私にはわかりませんでした。
疲れた日、お惣菜売り場で立ち止まった
ある日のことです。
仕事を終えて、くたくたでスーパーに寄りました。
お惣菜売り場の前で、足が止まったんです。
作りたくない。でも、買っていいのかな。
そんなことを考えている自分がいました。
家族には手作りのものを食べさせたい。でも今日はもう無理。だけど、手を抜くのは申し訳ない。
結局、私はお惣菜を買って帰りました。
そして帰り道、ふと思ったんです。
これ、私だけの話じゃないなって。
同じように、スーパーの前で立ち止まっている人が、きっとたくさんいる。

仕事で借りていたカメラを、なくした日
その考えが大きく変わる出来事がありました。
仕事で借りていたカメラを、なくしてしまったんです。
連休に入る直前でした。
心当たりのある場所を、何度も探しました。バッグの中も、車の中も、家の中も。
どこにもない。
連休中、ずっとそのことが頭から離れませんでした。夜も眠れませんでした。
どう報告しよう。弁償はいくらになるんだろう。信用をなくすんじゃないか。
そんなことばかり考えていました。
原因はたった一つ、「面倒だったから」
なぜ、なくしてしまったのか。
理由は、たった一つでした。
面倒だったから。
いつも決まった場所に戻していれば、こんなことにはなりませんでした。
でもその日は、少しだけ面倒だった。
「まあいいか」
たった数秒の、そのひと言。
それだけだったんです。

「まあいいか」には、2種類ある
この出来事をきっかけに、私は気づきました。
同じ「まあいいか」でも、まったく意味が違うものが2つあるということに。
1つめは、未来の自分から目をそらすための「まあいいか」。
今の自分が面倒だから、後回しにする。ちょっとラクをする。
そのツケを払うのは、いつも未来の自分です。
2つめは、頑張りすぎた自分を許してあげるための「まあいいか」。
今日はもう十分やった。ここまででいい。
そう言って、自分を休ませてあげるための言葉です。
同じ言葉なのに、向いている方向がまるで違いました。
「自分を大切にする」の、本当の意味
そこで、やっとわかったんです。
自分を大切にするというのは、特別なことではありませんでした。
未来の自分が後悔しない選択を、今日の自分が少しずつ重ねていくこと。
そして、頑張りすぎてしまった日は、
「今日はここまででまあいいか」と、自分を優しく受け入れてあげること。
その両方でした。
ご褒美をあげることでも、我慢することでもなかったんです。

相手は変わっていないのに、私の感じ方が変わった
自分との付き合い方が変わってから、不思議なことが起きました。
周りの人に対する感じ方が、少しずつ変わっていったんです。
以前なら確実にカチンときていたひと言が、あまり気にならなくなっていました。
相手は何も変わっていないのに。
なぜだろうと考えて、思い当たったことがあります。
私は、認めてもらうのを相手に求めていた
以前の私は、自分で自分をOKだと思えませんでした。
だから、外から認めてもらう必要があったんです。
いい人だと思われたい。ちゃんとやっていると思われたい。役に立っていると思われたい。
そうやって、自分の価値を相手に決めてもらっていました。
だから相手の反応が、いちいち気になるんです。
ひと言で嬉しくなって、ひと言で落ち込む。
相手の機嫌が、そのまま私の心の天気になっていました。
自己受容ができると、相手に求めなくなる
変わったきっかけは、自己受容ができるようになったことでした。
いいところも、悪いところも、全部自分なんだと受け容れられるようになった。
できない日がある自分。面倒だと思ってしまう自分。頑張りすぎて動けなくなる自分。
そういう自分を、まず私が認めてあげられるようになったんです。
すると、外から認めてもらう必要がなくなりました。
求めるものがなくなると、相手の言動に振り回されなくなります。
同じことを言われても、「ああ、そう思っているんだな」で終わる。
自分の価値を、そこで測らなくなったからです。
相手が変わったのではなく、私が求めるのをやめた
そう考えると、腑に落ちました。
相手は前と同じことを言っています。前と同じ態度です。
変わったのは、私がそこに答えを求めなくなったこと。
それだけでした。
そして求めるのをやめてはじめて、相手のことが少し見えるようになりました。
この人にも、この人の事情がある。
以前は、自分のことで精一杯で、そこまで考える余裕がなかったんです。
毎日そんな風にはできません
もちろん、いつもうまくいくわけではありません。
疲れて何もしたくない日もあります。お惣菜を買って帰る日もあります。
面倒だからと、後回しにしてしまう日もあります。
それでも大丈夫だと、今は思えるようになりました。
未来の自分を困らせる「まあいいか」は手放して、頑張りすぎた日の「まあいいか」は大切にしたい。
そんなふうに、2つの「まあいいか」を上手に使いながら生きていきたいと思っています。
この記事のまとめ
- 「自分を大切にする」は、ご褒美をあげることではなかった
- 「まあいいか」には2種類ある。未来の自分から目をそらすものと、頑張りすぎた自分を許すもの
- 自分を大切にする=未来の自分が後悔しない選択を、今日の自分が重ねること
- できない日があってもいい。それも含めて自分
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
あなたにとって「自分を大切にする」って、どんなことですか?
よかったら、聞かせてください。
次回は、義母と二世帯同居していた頃の話をします。
▼第2回のお話はこちら
断れない、気を使いすぎる。「面倒くさい女」だった50代の私が変われた理由

またお会いしましょう。

